別添6

1 熱中症とは


 熱中症とは、高温高湿の環境下で労働や運動を行うことにより、暑熱の作用により体温調節機能や循環器の働きが障害を受け、脱水症状、四肢の筋肉のけいれん・疼痛、短時間のめまい・失神、脱力感などの症状から、また水分塩分の平衡が、著しい失調を来たしたりするほどに、影響が強く進んで、種々の高度な症状を伴い、意識混濁、作業困難・不能に陥った状態の総称である。
 熱中症の特徴として、症状が急変しやすく重篤化した場合は死亡に至ることがあるが、その発症のメカニズムを理解することによって、充分予防が可能であり、早期に発症に気付き適切な対処により重篤化を防ぐことができる。




(1)熱中症の発生メカニズム


 人間の体温(深部体温)は、複雑な機序によって約37℃に保たれている。深部体温37℃は、酵素の働きなどが最適になるものであり、41〜42℃を超えた場合は血液凝固機能障害、全身痙攣などの症状が現れ、さらに44〜45℃を超えるとタンパク質の変性、細胞の障害から全身臓器の機能障害、体温調節中枢の障害を起こしついには多臓器不全により死亡に至る。
 暑熱環境にさらされると、上昇した体温を下げて一定にするために自立神経の働きにより2種類の反応が起こる。
  1つは、皮膚の表面にある汗腺から汗を分泌し、気化熱により体から熱を奪ってもらうこと、もう1つは、皮膚表面に血液を普段より多く分布させて血液を外気にさらして熱放射によりその血液の温度を低下させることである。     
 発汗により体から水分が失われるとともに、また皮膚や筋肉に血液が多く分布されることにより、一時的に脳への血流が滞ると立ちくらみの症状(熱失神、熱虚脱)がおこる。重筋作業では発汗により塩分が不足し筋肉のこむら返り(熱痙攣)が生じることもある。    
 症状が進むと全身の倦怠感・集中力の低下・頭痛(熱疲労・熱疲はい)や吐気・嘔吐・下痢などの症状がみられる。     
 さらに症状が進み脳の機能障害が生じ、会話の辻褄が合わない、無口になる、挙動が乏しくなる、意識がなくなる、全身のひきつけが起こる、真直ぐに進めなくなるなどの症状を呈する(熱射病)。


 

(2)重症度分類


 熱中症についてはさまざまな定義や分類があり、また用語の概念も不統一であるために、初期の段階において症状の重症度を正しくとらえることが困難な場合がある。 そのために最近は、紛らわしい分類・用語の使用を避け、熱中症の症状からT〜V度に重症度を分類し、その後の対応法を整理する方法が普及してきている。この方法の利点は、熱中症の早期発見と重症化の予防に役立ち、さらに理解のしやすさから労働衛生教育においても有用である。     
 熱中症の症状と重症度分類は表1のとおりである。



熱中症の症状と重症度分類 (表1)


分類 症    状

T度 (軽度)

筋肉痛・筋肉の硬直  
意識 正常   体温 正常   皮膚 正常   発汗 (+)  
筋肉の「こむら返り」のことで、その部分の痛みを伴う。“熱けいれん”と呼ぶこともある。全身のけいれんはこの段階ではみられない。

めまい・失神    
意識 正常   体温 正常   皮膚 正常   発汗 (+)  

「 「たちくらみ」とういう状態で、脳への血流が瞬間的に不充分になったことを示し、“熱失神”と呼ぶこともある。運動をやめた直後に起こることが多いとされている。
脈が速くて弱くなり、顔面蒼白、呼吸回数の増加、唇の痺れなどもみら れる。


U度
(中等度)

頭痛・吐き気・嘔吐・下痢・倦怠感・虚脱感・失神・気分の不快・判断力や集中力の低下、いくつかの症状が重なり合って起こる。  

意識 正常   体温 〜39℃   皮膚 冷たい  発汗 (+)

 体がぐったりする、力が入らないなどがあり、従来から“熱疲労”と言われていた状態。放置あるいは誤った判断を行えば重症化し、V度へ移行する危険性がある。


V度 (重度)

意識障害・けいれん・手足の運動障害・おかしな言動や行動・過呼吸・ショック症状などが、U度の症状に重なり合って起こる。

意識 高度な障害  体温 40℃ 以上  皮膚 高温  発汗 (−)

呼びかけや刺激への反応がおかしい、体にガクガクとひきつけがある、 真直ぐ走れない・歩けない。従来から“熱射病”と言われていた状態。



(3)熱中症発症時の対処法


重症度分類T

 すぐに涼しい場所に運び、衣服を緩めて寝かせ、風を送って体を冷やしたり、水分補給を行う。特に四肢や腹筋の痙攣や痛みを起こしている場合は、500ccの水に1〜1.5g程度の食塩を混ぜて飲ませる。(市販されている塩化ナトリュウムの錠剤、スポーツドリンクでも可。)      
 通常は回復し入院措置は要らないが、誰かがそばに付き添って見守り、改善しない場合や悪化する場合は急いで病院に搬送する。

重症度分類U

 救急車で病院に搬送する。重症度分類Tの措置に加えて次の措置をとる。気化熱による熱放散を促進させるために、裸体に近い状態にして、冷水をかけながら風を当てる。     
 血液を冷やして深部体温を下げるために、太い血管が体表付近にある首、腋の下、足の付け根を氷などで冷やす。(それ以外の箇所を氷で強く冷やすと、血管を収縮させてしまい逆効果になることがあるので注意を要する。) 足を高くし、手足を抹消から体の中心部に向けて血液を送り込むようにマッサージする。   
 嘔吐がありそうな場合は、吐しゃ物が気道に入らないようにするために、首を反らせた状態で体を横にして寝かせる。


重症度分類V

 死亡する危険がある緊急事態であるため、集中治療のできる病院に速やかに搬送する必要がある。     
 救急車を待つ間や搬送中も、水をかけたり、濡れタオルを体中にはるなどあらゆる方法を用いて体温を下げる措置を行う。


(4)その他


 熱中症を発症しやすい者として、体力の弱い者、肥満の者、体調不良者、暑熱馴化のできていない者、風邪などで発熱している者、怪我や故障をしている者、熱中症になったことがある者、性格的に、我慢強い、まじめ、引っ込み思案な者があげられる。
 また、熱中症の増悪因子として心疾患、高血圧、アルコール中毒、糖尿病、自律神経系や循環機能に影響を及ぼす薬(三環系抗うつ薬、抗コリン剤、抗パーキンソン剤、抗ヒスタミン剤、アスピリン)を服用している者があげられる。
 またアルコールには利尿作用がありその分解には水分が必要であるので、暑熱な場所での作業がある日の前日は、摂取を控え飲酒後は必ず水分を補給すること。また過度の飲酒は、翌日の朝食を欠き塩分や水分の摂取がされない状況や、睡眠の質を落とすことに繋がることがあるので注意を要する。
 脱水状態の危険性は表2のとおりである。作業開始と終了時の体重変化に注意を払うことが重要である。(炎天下の作業、運動が1時間以上連続する場合には約30分おきごとに水分を摂取する。)



脱水の症状(表2)


体重減少(%) 症    状
1 のどの渇き、運動時の体温調整機能の低下
2 強い渇き、漠然とした不快感、食欲低下
3 唇の乾き、血液濃縮、尿量減少
4 運動能力20〜30%低下
5 注意力低下、頭痛、落ち着きのなさ、不眠
6 運動時の体温調整機能の著しい低下 四肢の痛み・感覚麻痺を来たす・呼吸数の増加
7 虚脱
20 生存可能限界
Greenfield,JE, Harrison,MH